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    冈山大学大学院社会文化科学研究科『文化共生学研究』第8号(2 0 .3) 09
    出产と医疗を通してみた近世后期の胎児赤子と母の「いのち」
    沢山美果子*
    はじめに
    人间のいのちは, どこから始まるのか, 胎児は人としてのいのちを持った存在かという问题は, 现代の论争的课题の一つである.胎児は人间かという问题は,中绝をめぐるフェミニズム运动の 中心的テーマとなってきただけでなく,近世后期に始まる性と生殖统制において问题とされた事 柄でもあった1.本论では,近世后期の性と生殖统制の现场をフィールドに,出产と医疗に焦点 をあて,人々は胎児赤子と母のいのちをどのように捉えていたのかを探る.なお前近代を対象 とする本论では,翻訳语として日本に新しく登场し,一般に生物学的医学的あるいは科学的意味 合いを持つ言叶として用いられる「生命」ではなく,古来からある语で,人々の生活レヴェルで の伝统的な生命観を表现する际に用いられる「いのち」の语を用いることとする2. 妊娠,出产という胎児赤子が生まれるプロセスや,胎児·赤子と母のいのちが交差する「出 产」 ,そしていのちと深く関わる「医疗」に焦点をあてることで,近世后期の胎児赤子,母のい のちをめぐる问题に,どのように接近できるのか,本论では,その见取り図を描いてみたい.で は,胎児·赤子と母のいのちに接近するために,どのような视点が求められるのか,また,そこ には,どのような课题があるのか,近年の研究成果の整理から始めることにしよう.
    1,胎児·赤子と母の「いのち」への视点
    胎児のいのちや胎児を宿す女性の身体観をめぐる代表的な研究に,バーバラ·ドゥーデンの 『胎児へのまなざし』 (1993)『女の皮肤の下』 , (1994)がある.ドゥーデンの研究は,18世纪前 半のドイツの医师が残した女性の患者たちに対する诊察记录を手がかりに,女性たちの身体観や 胎児観を,当事者である女性の感覚の侧から, 「女性の腹の中での『生命』の生成史を问题」 (ド ゥーデン[1993]:78)にしようとしたものである.他方,日本では,1990年代前半に登场した出 产の社会史研究が,18世纪后半に広がりをみせる贺川流产科学における母体と胎児の分离をめぐ る问题を取り上げたのをはじめとして,2000年以降には具体的なフィールドを设定し,近世の女 性たちの出产の现场や出产に関わる医疗者に焦点をあて,堕胎·间引きの背后にあるとされてき た「七歳までは神のうち」という生命観や出产管理の诸相を问い直す研究が登场している3.
    *
    冈山大学大学院社会文化科学研究科客员研究员
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    出产と医疗を通してみた近世后期の胎児赤子と母の「いのち」
    沢山美果子
    また本论が対象とする近世史の分野では,近年,いのちをテーマとする,あるいは,いのちの 视座から近世史像を再构筑しようとする研究が登场しつつある.その一つが,太田素子の『子宝 と子返し』 (太田[2007])である.太田は,近世における女性や子どもの生存可能性の拡大,特 に1718世纪における乳幼児死亡率の一定の改善や,婴児杀しは人杀しに他ならないという教谕 や子返し防止の施策のなかで「赤子の生命,胎児の生命をどうとらえるかをめぐって,宗教や教 学相互の间で,また政策と民众の生活感覚のあいだで,意识的な模索が始まった时代」として近 世中后期を位置づける.また大藤修は,1990年代后半になされた,ジェンダーの视点からの女性 身体をめぐる研究动向や堕胎间引き研究の成果もふまえつつ,出产管理や,堕胎·间引きに対 する教谕活动の展开のなかで, 「赤子や胎児の生命をめぐる,民众,ことに女性たちの心性に, どのような葛藤と変化が生じたか」を分析することが课题である(大藤[2003])とする.両者の 指摘は,近世のいのちをめぐる観念は一枚岩ではなく,それゆえ,支配层と人々の间でのいのち をめぐるせめぎあいや当事者である女性自身の葛藤をも含め,重层的にいのちの问题を明らかに する必要があることを示唆するものである. 他方,いのちの视座から近世史像の再构筑を试みた研究に,冢本学の『生きることの近世史』 (冢本[2001]) ,仓地克直の『徳川社会のゆらぎ』 (仓地[2008])がある.冢本は,家のなかで弱者 の地位に置かれた女性と子どものいのちの问题について,近世社会の出产は,女性にとり「生命 の存続に関わる大事」であったと同时に「小家族の家计にとっても危机」であり, 「妊娠段阶で 堕胎によって中断されるばあいも,出产时に即座に命を夺われる出生児もあった」と指摘する. また冢本は,18世纪后半の贺川流以降の产科医の広がりにみられるように,庶民的出自の产科医 によって,民众たちの求めに応じた产妇と胎児の生命を救うための努力がなされていったことに 注目する.冢本の指摘は,近世社会の子どもと母のいのちの问题は,妊娠,出产の场面に典型的 に现れること,また产科医の広がりの背后に人々のいのちへの愿いをみる点で示唆的である. また18世纪徳川日本における「治」をめぐるせめぎあいの背后に「 『いのち』をめぐる徳川日 本人の英々とした努力」を読みとろうとした仓地は,近世における人々のいのちをめぐる选択は 「家」との関系でなされ,そのいのちは労働能力と生殖能力という「家」にとっての意味によっ て価値付けられたとする.また「家」存続のための妊娠·出产の様相は,武士と农民では异なっ ていたことを指摘する.武士は「遮二无二后継者を得ようとした结果としての频产」となり,そ れに対し「夫妇かけむかい」の农民の场合は,妻の妊娠出产育児を保障する余裕はなく, 「経 験知に基づく素朴な家族计画は,矛盾した选択肢の间を右往左往した」のではないかというので ある.仓地の指摘は,近世社会固有のいのちの歴史的位相は,人々のいのちを守る砦としての 「家」やその存続をめぐる人々の努力,そして妊娠·出产をめぐる矛盾に満ちた选択の过程と深 く関わるものとして明らかにされねばならないことを浮き雕りにする. これらいのちをめぐる近世史研究の検讨からは次のような课题が浮かびあがる.一つには,近

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